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吾輩たちはハムである。

趣味のアマチュア無線のことをボチボチと。

5年が経ちました。

DE CHD

3・11。

東日本大震災が発生から5年が経ちました。

5年前の地震発生時刻、私は一人で自宅にいました。
当時は仕事をしていたのですが、その日は体調が悪くて会社を休んでいて、お布団に包まれながらテレビを観てました。
ボーッとしながらテレビを観てたら、だんだんテレビの中が騒がしくなってきて…

そのうち、我が家も大きく揺れ始めて、もう寝てることすら出来ない状態になりました。

なかなか収まらない揺れに、オロオロしながら玄関と近くの窓も開けて。
万が一のために、暖房も止めて服を着込んで。
余震も収まらない、XBGとも連絡つかない。
半泣き状態で被災状況をテレビで観ていました。

宮城県坂元町にいる親戚や、登米市にいる友人とも丸3日連絡もつかなくて、さすがにちょっと覚悟を決めていたところ、登米市の友人は、mixiで家族全員の無事を確認。
*その時、出勤前で職場近くのスタバでコーヒー飲んでいて、mixiのつぶやきを見てスタバで号泣した記憶が。。。
*坂元町の親戚も、津波で自宅はなくなりましたが、全員無事でした。

江別市も震度4の揺れが頻発でした。
道内でもいたる所で揺れが観測され、避難を余儀なくされた友人たちもいました。

当時はLINEとかもなかったから、メールだけが連絡手段。
そのメールも、かなり遅延があったりで…。

5年経って、病気も抱えてますが、生きていられることに感謝ですね。

 

東日本大震災被災されて、今もなお避難生活を送られている方も多くおられます。
お見舞い申し上げるとともに、1日も早く普段の生活に戻ることができますように願っています。

そして、犠牲になられた多くの方に、黙祷を…。